角交換型や石田流、ゴキゲン中飛車が振り飛車の主体となった現状では仕方のないことなのだが……と半ば諦めていたら、思わぬところから伏兵が現れた。
先月発売された『南の右玉』
そもそも右玉を題材としているという点だけでも希少価値が高い。早速書店にて購入、拝読させて頂いた。
あらかじめお断りしておくが、本書は全編が右玉を題材としているわけではない。右玉に対する速攻を意識しての袖飛車に続き、後半は陽動に類する振り飛車が主体となる。
また、いわゆる「定跡書」とは一線を画しており、著者の実戦をもとに、序~中盤(ないしは終盤の入り口あたり)までを解説したものとなっている。こう述べると「実戦集」のような印象を受けるが、こういった棋書にありがちな「巻末に対局相手及び棋譜の掲載」という形式も取っておらず、寡黙で「地蔵流」と称される南九段の人柄をあたかも具現化したかのように、何やらつかみどころがない。
「定跡書」ではないが「実戦集」でもない。どっちつかず、中途半端な印象を受けるかもしれない。そもそもタイトルに「右玉」とあるのに、肝心の当該戦法に関する記述は全体の半分以下である。どことなく肩透かし、期待外れといった印象を受けるかもしれないが、筆者の感想は違った。
そもそも「右玉」という戦法自体、振り飛車感覚をそのまま発揮できる居飛車の戦法・振り飛車党からの転向を試す場合に居飛車の感覚を取り入れるための試金石・あくまで純粋に振り飛車へこだわる指し手にとっては変化球的な戦法のストック、といった意味合いがある。この点を踏まえれば、本著が後半に「振り飛車」へ関する記載へとつながるのはしごく当然の流れとも言える。
この一冊のみでは、右玉に関する知識は不足(『とっておきの右玉』
だが、拙ブログの内容についてきて頂いたレベルの読者の方々なら、既存の棋書から得た知識ないし実戦経験を踏襲して、新たに南流の感覚(△2七桂や△2八銀と打って桂香を拾いにいき相手を焦らせる一方、攻め合いを急ぐ場合は9筋の突き越しを利用して△9三~△8五桂と跳ねる筋もいとわない、緩急自在のもの)を取り入れることは充分に可能かと思われる。もしこれが実現さえすれば、文字通り一冊で二冊かそれ以上の価値を、この著書は持つこととなるだろう。
最新定跡に精通した若手やタイトルホルダー、ある戦法におけるスペシャリストなどの棋士による出版が大半を占める中、五十路が近づいた南九段による今回の一冊。いかにも玄人好みであり、読み手を選ぶきらいはあるが、「右玉に関する知識を少しでも得たい」「力戦と称しながら結局は手順が体系化されるのに飽きたらず、本当の力勝負での振り飛車を貫きたい」こういった嗜好を持つ方には強くおすすめできると言えよう。
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