四間飛車党の備忘録

四間飛車メインで振り飛車・相振り飛車・右玉なども含めあれやこれや綴っていきます。

研究偏重の弊害

 筆者は今年度から数年ぶりに『将棋世界』を定期購読するようになったという怠けた将棋ファンであるが、先々月及び先月号に立て続けて興味深い記事が掲載された。
 まず5月号の「新・対局日誌」。「奨励会員を含めて、10代棋士の基礎体力(棋力)の強化が、将棋界の課題であろう。中終盤の力が徐々に落ちている」と河口七段は結んでいる。それに対して賛同した渡辺竜王が、翌6月号の「渡辺竜王が見た羽生-山崎戦」で(やや長いので要約させて頂くが)以下のような自説を述べている。
 現在は△8五飛戦法やごきげん中飛車の超急戦を筆頭に終盤まで定跡化されている戦法が多い。無論それらの最低限の研究は必要であるが、現状はやや研究重視に偏りすぎている。「基礎体力を身につける→研究」というのが正しい手順だがそれが手順前後してしまっており、このことによって「羽生世代」との基礎体力に差が生じてしまっている。将棋そのものの力=基礎体力はどんな戦形になっても役に立つが、研究は他の戦形になったら全く役に立たない。
 竜王の自説を読んで筆者も多いに賛同した。とは言ってもプロレベルの次元で納得したのではなく、身近な学生棋界に照らし合わせても同様の現象が生じているような気がしてならないのである。
 トップレベルの力は落ちていないが、定跡形以外の対応力が欠けている者(筆者も人のことは言えた義理ではないが)、終盤で失速する者が目立つ。さらに総じて粘りが感じられず、いわゆる鍛えや泣きの入った手が見られない。
 以上は先日学生将棋の大会を観戦しての筆者の感想である。プロ棋界における研究偏重の傾向が、定跡書などを通じて学生棋界にも流入し、同様の弊害を生んでいる。このような仮説を立てると腑に落ちるのだが如何であろうか。
 定跡を学ぶことの真の目的は丸暗記などでは断じてなく、そこに現れた攻めや受けの形・手筋などを習得して「基礎体力」をつけることである。細部まで体系化された四間飛車定跡を少しでも自家薬籠中の物にしようとしている筆者も、そのことを再認識する必要があるのかもしれない。
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