2011年に入ってから、いやここ2・3年、四間飛車(穴熊はともかくとして)に関する棋書がまったくと言って良いほど上梓されず、筆者にも何となくフラストレーションのようなものが蓄積されている感は否めない。
角交換型や石田流、ゴキゲン中飛車が振り飛車の主体となった現状では仕方のないことなのだが……と半ば諦めていたら、思わぬところから伏兵が現れた。
先月発売された
『南の右玉』
である。
そもそも右玉を題材としているという点だけでも希少価値が高い。早速書店にて購入、拝読させて頂いた。
あらかじめお断りしておくが、本書は全編が右玉を題材としているわけではない。右玉に対する速攻を意識しての袖飛車に続き、後半は陽動に類する振り飛車が主体となる。
また、いわゆる「定跡書」とは一線を画しており、著者の実戦をもとに、序〜中盤(ないしは終盤の入り口あたり)までを解説したものとなっている。こう述べると「実戦集」のような印象を受けるが、こういった棋書にありがちな「巻末に対局相手及び棋譜の掲載」という形式も取っておらず、寡黙で「地蔵流」と称される南九段の人柄をあたかも具現化したかのように、何やらつかみどころがない。
「定跡書」ではないが「実戦集」でもない。どっちつかず、中途半端な印象を受けるかもしれない。そもそもタイトルに「右玉」とあるのに、肝心の当該戦法に関する記述は全体の半分以下である。どことなく肩透かし、期待外れといった印象を受けるかもしれないが、筆者の感想は違った。
そもそも「右玉」という戦法自体、振り飛車感覚をそのまま発揮できる居飛車の戦法・振り飛車党からの転向を試す場合に居飛車の感覚を取り入れるための試金石・あくまで純粋に振り飛車へこだわる指し手にとっては変化球的な戦法のストック、といった意味合いがある。この点を踏まえれば、本著が後半に「振り飛車」へ関する記載へとつながるのはしごく当然の流れとも言える。
この一冊のみでは、右玉に関する知識は不足(
『とっておきの右玉』
どころか、絶版の
『右玉伝説』
まで遡って補完する必要があるだろう)。さりとて振り飛車に関する箇所も、流行形はおろか今やすっかり廃れてしまった角道を止める四間飛車のような戦法にも、そのまま即座に応用することは難しい。
だが、拙ブログの内容についてきて頂いたレベルの読者の方々なら、既存の棋書から得た知識ないし実戦経験を踏襲して、新たに南流の感覚(△2七桂や△2八銀と打って桂香を拾いにいき相手を焦らせる一方、攻め合いを急ぐ場合は9筋の突き越しを利用して△9三〜△8五桂と跳ねる筋もいとわない、緩急自在のもの)を取り入れることは充分に可能かと思われる。もしこれが実現さえすれば、文字通り一冊で二冊かそれ以上の価値を、この著書は持つこととなるだろう。
最新定跡に精通した若手やタイトルホルダー、ある戦法におけるスペシャリストなどの棋士による出版が大半を占める中、五十路が近づいた南九段による今回の一冊。いかにも玄人好みであり、読み手を選ぶきらいはあるが、「右玉に関する知識を少しでも得たい」「力戦と称しながら結局は手順が体系化されるのに飽きたらず、本当の力勝負での振り飛車を貫きたい」こういった嗜好を持つ方には強くおすすめできると言えよう。

一年以上も更新を怠ってしまっていた。読者諸兄におきましては、お久しぶりであると言う他ない。
近況であるが、実戦からはめっきり遠ざかったものの、気が向いた時くらいは棋書にいちおう目を通してはいる。
ただし角道を止めるノーマル四間飛車がすたれた影響で、定跡書よりも自戦記などの読み物を好むようになってしまっているのが現状である。
そんな中、広瀬王位著
『四間飛車穴熊の急所』
は、圧倒的に美濃囲いの採用率が高い筆者にとっても大変興味深い一冊であった。
同著で取り上げられているのは「急戦編」と「銀冠編」であり、肝心と思える相穴熊などに関しては「続編で取り上げる」と明記されている。今から非常に楽しみである。
四間飛車は四間飛車でも穴熊であるから、美濃党かつ実戦感覚から遠ざかっている筆者としては、明快な手順で「振り飛車よし」「振り飛車ペース」「いい勝負」などという結論に対して、いちいちなるほど、と感心するのが精一杯である。
しかし対棒銀だけは、対四間美濃とはいえ棒銀好きの血が騒いだのか、そもそも自分は対四間穴には角田流なのだがなどと思いつつ、一つだけ心の中でひっかかる変化があった。
それは今から十年以上前の、二十世紀の記憶であった。必死にその糸をたぐりよせ、保管してある将棋部部内誌のバックナンバーをめくる。
そしてついに発見した。それが第1図の局面である。
ただし筆者の実戦ではない。先輩の一人が、大学時代のリーグ戦(団体戦)で他大の方と指した一局である。1998年だからまぎれもなく二十世紀だ。
しかし局面そのものは、
『四間飛車穴熊の急所』
P68第6図から後手が△4二金と上がったものとまったく同一である。十年以上の時を経て、世紀を超えて、寸分たがわぬ盤面が出現する。温故知新、将棋の奥深さを改めて実感した気分だ。
同著では第1図以下▲4五歩の仕掛けに対して△3三金と上がり、十数ページもの項を費やして双方最善を尽くせば「いい勝負」「穴熊が堅いので実戦的には後手が勝ちやすいと思う」と述べられている。その詳細は筆者の専門分野ではないこと、また王位に敬意を表してここでは割愛、同著をご覧頂きたい。
だが、尊敬する先輩の一人である先手は、本では一言も述べられていない手順で居飛車良しとしてしまった。

第1図以下の指し手
▲1五銀 △3三金 ▲2四歩 △同 歩
▲2八飛 △4五歩 ▲同 歩 △3五歩
▲4四歩 △同 金 ▲2四銀 (第2図)
第1図で▲1五銀は、対美濃棒銀にもしばしば出現する筋である。これに対して△1四歩は構わず▲2四歩でまずい。次の▲2三歩成を防ぐ必要があり、銀を取っている暇がないのであれば何のために端を突いたのか分からない。
△3三金は
『四間飛車穴熊の急所』
にも出てくる手で妥当な受けと思うが、2筋を突き捨てて▲2八飛がいかにも好調。

以下振り飛車はさばこうとするも、▲4四歩で角交換の狙いを事前に阻止したのがうまく、▲2四銀と進出に成功し、2筋突破が確約された第2図は居飛車成功であろう。以下の棋譜は筆者の手元に残されていないが、結果は先手勝ち。
穴熊側としてはどこで変化すればいいのだろうか。▲1五銀に開き直って△3五歩と取り、▲2四歩△同歩▲同銀に△3四飛は考えられそうだ。▲2三銀不成なら△2四飛▲2二銀成(不成)に△2九飛成でさばけた上に二枚替えとなりそうでうまいが、冷静に▲3五銀で押さえ込まれダメか。

そもそも先輩は第1図まで遡り、「△4二金に替えて△1四歩としても、▲4五歩△同歩▲2二角成△同飛▲3四歩(
『四間飛車穴熊の急所』
P69A図の類似形に今度は合流した。同著では「簡単に先手よし」。本手順では金が4一のためさらに居飛車の条件が良い)△3二飛▲6六角△4四角▲同角△同銀▲6五角(変化1図)で良いと思う。つまり、振り穴側は手が間に合わない訳である。」と一刀両断。
「加藤一二三先生ではないが、僕も言いたい。『何故、棒銀を(対四間穴に)指さないのですか?』と。」自戦記の締めくくりの言葉も見事である。
いかに実戦から遠ざかっているとはいえ、段の実力くらいは保持してしかるべき筆者が疲れた頭で少し考えても、この一連の手順における居飛車棒銀良し、をくつがえすのは容易なことではないと思う。
それならばなぜ
『四間飛車穴熊の急所』
で触れられていないのだろうか。本格的な一冊であり、内容も基本から高度な定跡まで一通り網羅されていると思われるというのに。
最新定跡にめっきり弱く、また四間飛車穴熊は専門外ということもあり、筆者にはさっぱり分かりかねる。何か振り穴側に決定版とも言える対策でもあるのだろうか。一年以上ものブランクを経ての更新早々で恐縮であるが、もしご覧頂いた読者の中でご意見及び知識のある方がおられれば、是非ご教授願いたいものである。
筆者の実戦より。一局目後手右玉でひどい目にあったので二局目の本局も四間飛車を採用したところ、対する先手にお決まり通りの居飛車穴熊に組まれて第1図。▲6八角型から4筋の歩を交換した直後に、こちらから△5五歩と反発したよくある形である。
『四間飛車破り 【居飛車穴熊編】』P107ではここで▲5六歩と打ち、以下△4六歩▲5五歩△4七歩成▲4五歩…が本筋として紹介されている。違うのは振り飛車側が端を詰めている点で、なんとかそれが活きる展開になればと思っていたのだが、ここで予想外の一手が飛んできた。

第1図以下の指し手
▲3五歩 △4六歩 ▲3四歩 △4四角
▲2四飛 △2二歩 ▲4八歩 △6五歩
▲8六角 △6二飛 ▲3三歩成△同 角
▲3四飛 △6六歩 ▲6八金引△5六歩
(第2図)
ここで▲3五歩と取る手は△2四同角型なら有力だがこの場合は疑問。すかさず△4六歩と伸ばして、▲同銀なら△6六銀がある。▲2四飛△2二歩に▲4八歩と受けるようではおかしい。ここで△5六歩と迷ったが本譜は△6五歩。▲8六角の飛び出しにも△6二飛とかわす。

以下▲3三歩成にも△同角が逆先になるのが居飛車の泣き所。△6六歩の取り込みにはまだしも▲7七金寄とよけるべきで、本譜は△5六歩と銀を殺してはさすがに振り飛車優勢であろう。第2図以下20手ほどで勝ち。
最近角道を止めるノーマルな四間飛車はプロでも廃れている上に、相手が居飛車穴熊などの玉を固める戦法ばかりで少々嫌気がさしている。
ところで第1図以下▲5六歩△4六歩▲5五歩△4七歩成▲4五歩に△5五角だとどうなるんでしょうね?
最近別のゲームに夢中になって将棋のことを忘れています。本局もそんな中指した将棋から。
先手筆者の四間飛車に対して後手は居飛車穴熊を採用、△4二角からの6筋の歩交換に対して▲7五歩△8四飛▲5五歩と反発する形の変化より第1図。部分的には定跡形だが、端を詰めているかわりに左美濃のままなのがこちらとしては不満なところ。△8六歩を▲同角と取ると△7五歩とされて確か悪くなるはず、と思ってここでは歩で取る一手と深く考えずに着手したのだが…。

第1図以下の指し手
▲8六同歩△5四歩 ▲6四歩 △5五歩
▲6三歩成△5四銀 ▲7三と △6五歩
▲7四と △8一飛 ▲6四歩 (第2図)
『四間飛車破り 【居飛車穴熊編】』P107〜109に記されている通りの手順に進む。詳しい変化は同著を参考のこと。ただし△5四銀は意外な一手で、P110で居飛穴が不利になるとされている。▲7三とはそっぽのようだが、▲7四と〜▲6四歩と大駒を押さえ込むのが振り飛車の狙い。これで指せると思っていたのだが…。

第2図以下の指し手
△7八銀(図面略)
『四間飛車破り 【居飛車穴熊編】』P110では▲6八飛型(四間飛車が後手なので△4二飛型)なのでこの銀打ちをうっかりしていた。以下▲5九飛と逃げるも、△6七銀成とされて角が逃げれば押さえ込んだはずの飛車に走られてしまう。仕方なく▲6三歩成以下攻め合うも、大差の一手違いにするのが精一杯であった。
振り返ってみると△4二角の直前の△9五歩が深謀遠慮の一手で、こちらが▲2七銀だと△4二銀から松尾流穴熊を許してしまう。とはいえ銀冠に組もうとした瞬間いつでもこの銀引きはあるわけであって、改めて穴熊の脅威を感じた一局。
前日行なわれた第3回朝日杯将棋オープン戦の清水上アマ-松本六段戦より。先手となった清水上アマの中飛車に対して後手は角道を空けないまま速攻を仕掛け、局面は第1図を迎える。ここでは後手優勢かとの声が高かったそうなのだが……。

第1図以下の指し手
▲7六金 △4八銀 ▲6六金 △5九銀成
▲同 金 △8六飛 ▲6七金引△7九飛
▲6九金引△9九飛成▲5三歩 (第2図)
持ち駒の金を投資して角を殺したのが実戦的な一着。以下△4八銀で飛車は取られるものの、駒損を回復することができた。△8六飛に▲6七金引、△7九飛にも▲6九金引と引いて先手玉は遠い。△9九飛成と香車を拾ったものの、▲5三歩と嫌味な歩を垂らして第2図。

ここで△5六香が最終的な敗着ではないかと思うのだが、読者の皆さんはどうお考えだろうか。▲4九金と寄られてあまり効果的ではない上に、5三の歩がなくなればいつでも▲5七歩で取られてしまう(実際に▲5二歩成がのちに実現した)。以下△8七歩▲8九歩の局面は「すでに後手容易な局面ではないか」と速報で語られている。以下たったの5手で先手勝ちとなってしまった。
これで清水上氏はアマとして初の予選突破を達成。すばらしい偉業であると思う。面識の多少ある(mixi上でもマイミクになって頂いた)筆者としても嬉しい。